塞翁が馬

「ここらで一区切りつけませんと、このままダラダラではいかがなものかと・・・」
てなことで仕事が変わって、まだまだカラダや体内時計の補正が追いつかず、
「自律神経がちょいとおかしくなっているのやもしれぬ」

そんなことを思っていたら、ごくごく親しかった知人に不幸もあって、なんだか疲れてるんだか、花粉症のせいなんだか、なにがなんだか、とにかく気持ちがすっきりしない。

知人には、こちらがあれこれ言ってみたところで鬱陶しいこともあるだろうし、とにかく前を向いてすすんでいけるように、立場上、陰ながらに
「ふぁいてぃん」
というしかないんだけれど・・・。


ジョギングシュミレータ

2013.3.31 8km、45分

仕事が変わって運動不足。
てなことで、またジョギングを再開・・・? (^_^)

「こんだけ走って一食分(440Kcal)かよぉ・・・」

  とにかく、筋肉量を増やしませんとな



気分がスッキリしないときは、とにかく身体を動かすに限る。
こんなときに、
「どこか良い景色でも見に行くか」
なんて出かけてみても、気分が晴れるってことはないからネ。


人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)
人生は吉凶・禍福が予測できないことのたとえ。 塞翁失馬。人間万事塞翁が馬。(広辞苑)

淮南子・人間訓
近塞上之人、有善術者。馬無故亡而入胡。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居數月、其馬將胡駿馬而帰。人皆賀之。其父曰、此何遽不為禍乎。家富良馬。其子好騎、墜而折其髀。人皆弔之。其父曰、此何遽不為福乎。居一年、胡人大入塞。丁壮者引弦而戦。近塞之人、死者十九。此獨以跛之故、父子相保。故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也。

塞上に近きの人、術を善(よ)くする者あり。馬故(ゆえ)無くして亡(に)げて胡に入(い)る。人皆之(これ)を弔(ちょう)す。其の父曰く、此れ何遽(なんぞ)福(さいわ)いと為(な)らざらんやと。居(お)ること數月、其の馬、胡の駿馬を將(ひき)いて帰る。人皆之(これ)を賀す。其の父曰く、此れ何遽(なんぞ)禍(わざわ)いと為(な)らざらんやと。家良馬に富む。其の子騎を好み、堕ちて其の髀(ひ)を折る。人皆之(これ)を弔す。其の父曰く、此れ何遽(なんぞ)福(さいわ)いと為(な)らざらんやと。居(お)ること一年、胡人大いに塞に入る。丁壮(ていそう)なる者は弦を引きて戦う。塞に近きの人、死する者十に九。此れ獨(ひと)り跛(は)の故(ゆえ)を以て、父子相保つ。故に福(さいわ)いの禍(わざわ)いと為(な)り、禍(わざわ)いの福(さいわ)いと為(な)る、化極むべからず、深きこと測るべからざるなり。


辺境の砦(とりで)の近くに、占いの術に長(た)けた者がいた。

ある時その人の馬が、どうしたことか北方の異民族の地へと逃げ出してしまった。
人々が慰めると、その人は
「これがどうして福とならないと言えようか」
と言った。

数ヶ月たった頃、その馬が異民族の地から駿馬を引き連れて帰って来た。
人々がお祝いを言うと、その人は
「これがどうして禍(わざわい)をもたらさないと言えようか」
と言った。

やがてその人の家には、良馬が増えた。
その人の子供は乗馬を好むようになったが、馬から落ちて股(もも)の骨を折ってしまった。
人々がお見舞いを述べると、その人は言った。
「これがどうして福をもたらさないと言えよう」
一年が過ぎる頃、砦に異民族が攻め寄せて来た。
成人している男子は弓を引いて戦い、砦のそばに住んでいた者は、十人のうち九人までが戦死してしまった。
その人の息子は足が不自由だったために戦争に駆り出されずにすみ、父とともに生きながらえる事ができた。

このように、福は禍となり、禍は福となるという変化は深淵で、見極める事はできないのである。

故事成語で見る中国史 より

故事成語で見る中国史


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