ほんとうにやる気があるんですか?

もはや、信じるとか、信じないとか、そんなレベルではない。


ような気がしているのでありまして、
「まぁ、こんなところで良いんじゃないですか?」
的な臭いがプンプンしていると感じているのは、ボクだけではないような気がしていまして、だからといって、何ができるというわけでもないんですが・・・ f(^_^)

あたらしい時代がやって来ているというのは、間違いないように思っているのでありますが、ボクたちの意識が変わっても、親方たちの意識が変わらないことには、何ともならないのでありまして、ただ、生涯を暮らす国については、一部の人たちを除いては選択の自由は与えられていないのであります。

「ここのメーカーは、信頼できないんだよね」
てなワケにはいかないのであります。

日本というメーカーがあったとしたら、その信頼度はどの程度でありましょうか。


日経新聞 2011.10.2

サイバー攻撃 日経新聞 2011.10.2

海外から見たら、何を今頃になって大騒ぎしているんだというハナシでありまして・・・。
日本という国が『平和ボケ』していると言われて久しいのでありますが、新聞やテレビ報道で出てくる見出しには、随分と勇ましい言葉が並んだりするのでありますが・・・。



日経新聞 2011.9.30

管制官ブログ 日経新聞 2011.9.30

先の大臣辞任もそうでありますが、あまりにも意識レベルが低いというか、
「子供か?」
『幼稚』な人たちが増えてきている今日この頃。
それが人の命や国の存在に関わるレベルの人の中にも増えているというのが、何とも嘆かわしい。

思うに、原因のひとつはこの国の教育の責任でありまして、『ゆとり教育』などという、耳障りの良い言葉に騙されたボクたちにも責任があるのでしょうが、世の中の仕組みであるとか、人の心がまだ理解もできていないうちから、『ゆとり』なんていうものを持ち出してどうするというハナシでありまして、小さい頃というのは、自分と人とは違う、何が劣っていて、何が優れているのかということを、団体生活の中で友達と『ふれあい』ながら理解して成長していくのが自然なはずなのに、
「競争させてはいけない」
「比較してはいけない」
その結果、どうなったんですか?

それはご立派なことを言いながら、実は中身がまるで伴っていないという、
「何かというと得意気にこきおろしている、どこかの国と大して変わらんのじゃないの?」

まぁ、少なくともこの件については、アテにはされていないし、信頼もされてはいないと思うのであります。

無責任な人間ほど、耳障りの良いことを言うというのは、間違っていないと思うのであった。



日経新聞 2011.7.30

原発やらせ 日経新聞 2011.7.30

役所が悪い → 政治が悪い → 選んだボクたちが悪い
と言うことであります。
だから、
「役所の連中は、自分たちが悪いとも、自分たちに責任があるとも思っていないんじゃないかな?」
多分それが模範解答に一番近いんだろう、とも思ってしまうのであります。



日経新聞 2011.7.29

原発やらせ 日経新聞 2011.7.29



日経新聞 2011.8.4

まず大臣・・・? 日経新聞 2011.8.4

もちろん、『長』、『上司』の責任はあるに違いない、けれど、
「それはキミが外部に向かって言うべきことではない」
というのが、ボクの中の公務員としての良識だと思うのでありますが、どうも彼らには常識だけがあるのでしょうなぁ。



日経新聞 2011.9.30

沖縄密約 日経新聞 2011.9.30

『特に隠すべき文書として、秘密裏に廃棄された』
「あぁ、そうやって捨てちゃって良いんだ」
一事が万事、国の常識が、みんなの常識になってしまっているのであります。



こんな国の将来に希望を持てといわれてもですねぇ・・・。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">

トラックバック URL : http://owlshouse.net/blog/wp/wp-trackback.php?p=7076