『織田信長』

「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」

『織田信長』 山岡荘八 著

『織田信長』 山岡荘八 著 全五巻

あくまで小説。
もちろん実際に本人を直接知っている人が書いたわけでもない。
本人を直接知っている人が書いても、人によってとらえ方が違うのに、こういった歴史小説ともなると、新しい史実の発見とか、事柄の解釈によって当然書かれるストーリーも変わってくるのであります。
が、それをわかって自分でうまく消化することができれば、読む人の生き方を良い方向に導いてくれると思うのであります。


「人間(じんかん)五十年」は、人の世の意。
「化天」は、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。
「下天」は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。
信長は16世紀の人物なので、「人間」を「人の世」の意味で使っていた。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」の正しい意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」である。

敦盛 (幸若舞) / Wikipedia より


濃い、この人の50年というのは濃い。
この10月に50を迎える身としては、
「うすっ、薄すぎる。これじゃ250歳くらいまで生きないといけないじゃないか」
まぁ、あたりまえのことながら、信長のようなものの考え方、生き方をするわけじゃないのでそれは駄洒落でありますが、しかしその時代の人というのは、なんという・・・大人という言葉があてはまらない、畏敬の念を抱かずにはいられない、そんな人生を送っていたのでありますな。

宮本武蔵、この人物も魅力的であります、が、武蔵が己を磨くことに苦悩したのに対して、信長は世の未来のために苦悩していたという点で対照的であります。

もちろん、生きた時代が違いますので、比較するのは適当ではありませんが・・・。


「今の天下の乱れはな、日本中の人間が、みなわが身の思惑だけを追いかけて、共通の目的は一つも持たず、バラバラに生きていることから来た乱れじゃ。しかし信長はそれを許さぬ!公家も武家もない!坊主も学者もない!商人も百姓も、金持ちも貧しい者も、みな同じ日本人として一つに生きる、責めをきびしく課してゆくのじゃ。嫌だと申したら、堺衆など踏み潰せ!」

第三巻 侵略怒濤の巻 より



「時に、先程お話し申した副将軍の儀はいかがでござろう。左兵衛督と申せば従三位、将軍家の初叙も参議左近衛中将で同じく従三位。殆んど同格なればまげてお受け下さるわけには・・・・・・」
「ご遠慮致しまする」
信長はまた前と同じ口調で答えた。

 そう云えば将軍も大臣も関白も摂政も何もなし得ない乱世であればこそ、一個無位の織田信長が待望されていたのだが・・・・・・
 光秀がしきりにそれを想うている時に、眼の前では、まだ少しも新しい風にめざめぬ義昭と惟政の会話がチグハグにつづいていた。

第三巻 侵略怒濤の巻 より


「ハッハッハッ・・・・・・そちは又、どうしてそう学問の名を怖れるのだ。どのような立派な学問もな、これを生かすは人間じゃ。人間が腐り果てているゆえ、学問も生かせず、却って新時代の夜明の邪魔をしくさるのじゃ。 ~」

第四巻 天下布武の巻 より


 光秀は、信長一人を倒せば天下が自分のものになるという錯覚を起こしている。人間のもろもろの野心の上に、大きな動かすことの出来ない歴史の流れがあることを忘れ去っている。
「たわけめ、天下はうぬ等にコソコソと盗めるようなものではないわ」
 大きな時流と、それを踏まえて立つ捨身の見識と力とがひとつになってこそ、歴史は、はじめてその人のために英雄の扉を開いて通すのだ・・・・・・

第五巻 本能寺の巻 より


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