『内訟録』をふたたび

野田政権発足時に首相が細川護煕元首相と近い関係だというのを、何かで見たんだか、どこかで聞いたんだか・・・。


『内訟録』 細川護煕 著

『内訟録』 細川護煕 著

正直、この本を読むのは骨が折れるのであります(笑)
でも学べるところはたんさんあるのであった。



そんなことで、もう一度、今度はじっくりと読んでみようということで読み始めたのでありますが、随分と時間がかかってしまったのであります。


日経電子版 2011.9.16

日経電子版 2011.9.16



細川連立政権というと国民福祉税の深夜の記者会見と、辞任会見くらいしか記憶に残っていなかったのであります。

この本を読みながら、現在の政治との違いに思いを巡らせてみると、当時はまだいまのように人気取りだけのタレント議員などおらず、質は別としてまだまだ政治に重みがあった気がします。

ほとんどバラエティ化してしまった情報番組で、
「どれだけ叫んでみたところで、それはキミたちのガス抜きしてるだけ何じゃないの?」
国会議員がテレビ番組でどれだけ持論を展開してみたところで、
「ちっともこの国は動きませんゼ、大将」
てなもんで、メディアもメディアなら、呼ばれてホイホイ出ていく議員もどうかと思いまして、
「こいつら、自分の食い扶持のことで頭一杯なんじゃね?」
と思いながら、近頃は議員という人種をヒジョーにキョーミを持って観察するようになったのであります(笑)



 無責任な連中は、ああでもない、こうでもないとことあるごとにいつもいろいろ言うものだが、日本の政治はダメだなどと口先で百万遍唱えてみても、世の中は1ミリも動きはせぬ。(中略)
 あるのはただ自らの覚悟のみ。


 すべて権力を持つ者が、それを乱用しがちなことは、いつも経験するところである・・・・・・。権力を乱用できないようにするには、権力が権力をおさえるような仕組みが必要だ、とモンテスキューが『法の精神』で言える如く、活力ある、豊かさが実感できる社会実現のためには、何としても官僚の抵抗を抑え規制緩和せざるべからず。『春秋左氏伝』に、「国将亡、必多制(国の将に亡びんとするや、必ず制多し)」とあることを銘記すべし。


証言・田中秀征氏(当時、首相特別補佐) (略)官僚が作る報告書や議事録からは、私の発言は削除されましたけど。規制緩和は行政の無駄をなくすということ。社会的規制と経済的規制があって、細川さんと私の姿勢は、あくまで既得権益をなくすこと。とくに参入規制をなくすことでした。



読みながらしばしば思ったのは、
「何も変わっておらんのぉ」
ということでありまして、いつも同じ輩が「わーわー」騒いでいるだけで、時間も金も垂れ流して、最後に貧乏くじをひく覚悟のある人が出てこないと、結局何ともならないのであります。

野田氏が総理になったというのも、何かの巡り合わせのような気がしているのであります。


凡そ事を作すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし、人に示すの念あることを要せず。

何か物事をするときには、人の目を気にしてするのではなく、天を相手にしなさい、という意味らしい。
自らに恥ずかしくないと思うことをせよという、これは奥の深い言葉だと思う。
人の顔色伺って何かしてみたところで、最後に責任はどこにあるかと言ったら、言い出したり始めた本人だからネ。


「指導者として大成する人は、強い意志を持ち、他者の意志を動かす術を知っている。(中略)彼らが通常人より一段高いところにいるのは、彼らがそうあろうと “願望” したからではなく、”決意” したからである。(中略)願望は受身だが、決意は能動。追随者は願望し、指導者は決意する。」


証言・田中秀征氏(当時、首相特別補佐) (略)細川さんは当時、間接税の税率アップに最大限の抵抗をしていました。宮沢さんも細川さんも私も、景気が順調な回復軌道に乗り、納税者が納得するほど行政経費の節約をやる、そうでなかったら消費税の税率アップには応ずべきではないという考えでした。(中略)一方、税率アップにかける大蔵省の執念も並大抵ではなく、(中略)大蔵省が示したペーパーには政治日程のスケジュールが書かれていて、政治改革法案を処理し、税調を立ち上げ、税制改革案とりまとめという段取りが書いてあった。財政当局がなぜ政治日程の紙まで、と思っていたら、会合が終わる段になって全員からその紙を回収しようとした。


コメ部分開放は、政権を預かることを決めた時点で覚悟していた決断だ。「海洋国家の我が国にとって、自由な通商の体制を守ることこそが最大の国益。貿易立国により恩恵を受けてきたその日本がぶち壊すようなことは絶対にやるべきではない」。細川はそう確信し、ある意味で政治改革以上にこの問題の決着に意を用いてきた。


証言・河野洋平氏(当時、自民党総裁) (略)野党になって気がついてみると、自民党という政党は政権政党であるから自民党であって、ここにいるという人が多かった。野党ならここにいることはないと。


「政治の病を正そうと言うのが政治改革だった。法案の否決は、その努力の否定を意味する。国会は政治の使命を失ったとしか言いようがない。自民党の責任は重大である。(中略)社会党の責任はもっと重大だ。『政治改革の実現』を目的に連立政権に参加したにもかかわらず、しかも与党第一党の立場にあるのに、党内から多数の造反者を出し、法案を否決に導いてしまった。(以下、略)」


証言・鳩山由紀夫氏(当時、官房副長官) (略)総理の辞意を総会の直前に聞いていた私は、総理の平然とした態度に感心もし、また、人間らしさの欠如にも怖さを感じた。(以下、略)

そりゃ、あなたのような『人』には理解できないとは思いますが、てか、アナタからそう言われてもねぇ・・・ f(^_^)


霞ヶ関はいうまでもなく日本で唯一の頭脳集団、最大のシンクタンクですよ。上手に生かして使わないと勿体ないと思います。(中略)政治がしっかり方向性を示せば官僚は大きな力になる。政治リーダーの旗印が大事だと私が言うのは、そういうことです。


会社でも同じでしょうが、リーダーが自分の進退を他人に相談すれば『引き続きやっていただかなければ困ります』とお追従を言われるのが落ちですからね。まあ、こういう進退に関するフィロソフィーのことは私がいかに説明しても徒労かもしれませんね。権力というものにしがみつこうという性を持った人たちにいくら説明したって、どうせわからないですよ。


日本の政治は旗印もないし、時間の感覚もないし、コスト感覚もない。だからロマンのある話にもならない。


リーダーにはこの国をどうしていくかという旗印が必要だけど、まず第一には覚悟でしょうね。リーダーは『何がやれるか』ではなく『何をやるか』を考えなければだめだ。ふたつめは人材厚めでしょうね。(中略)登用する人材は専門家である必要は全くない。つまるところは肚が座っているかどうかだけなんですよ。やることは断固としてやるという私心のない人が5、6人いたら、大抵のことはできる。



民主党政権が誕生したとき、初代の総理になった鳩山氏は、細川政権で官房副長官として政権の中心に近いところにお見えだったようであります。
「細川連立政権とは違って、民主党政権は単独で過半数を得た。だから、やりたいことができるんだ」
とばかりに、何でもかんでも思いついたことを、そこら中でしゃべりまくったのかどうかはわかりませんが、
「政治の素人じゃないんだからさ」

その後の参院選の敗北というものは、まさにお祭り騒ぎに浮かれた後始末はまったく頭にありませんでした。
で、結局それを国民が見透かしていたということなのでありましょう。

そういった意味からすると、個人的にはやっとまともな民主党政権になったんじゃないか、やっとまともになるんじゃないか、という期待をしているのでありますが、如何相成りますか。


日経新聞 2011.10.31

日経新聞 2011.10.31

メディアはすぐにドラマを演出したがるようで、
「陰の権力者」
だとか、
「影響力」
などとかいう言葉を使って、ボクたちの不安を煽るように仕向けるのでありますが、別にそういったものがあろうとなかろうと、
「この国に暮らして良かった」
とか、
「この国で暮らしたい」
と思えるようになったらそれで良いだけのことで、物語の主役でも何でもないアナタたちが、影響を受けるか受けないかはわかりませんが、それで路地裏を歩くことになろうと、そんなことはボクたち国民は知ったこっちゃないのであります。




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